作原 圭
muse design&edit Ltd.
代表取締役
全ての始まりは1冊の雑誌から。
PROFILE
「1冊の雑誌が出来る仕組み」を解明すべく、未経験で出版業界へ。 そこで得た知識と経験を活かし、インハウスのアートディレクターとして転職する。 2017年8月にデザイン及び編集プロダクションとして、【muse design&edit Ltd.】設立し、念願の独立を果たす。
全ての始まりは1冊の雑誌から。
雑誌の世界に飛び込んだのは、自分が25歳の時。
編集者になるための勉強をしていたわけでもなく、独学で何かをしていたわけでもない。
単純に「この雑誌、一体どんな人たちが携わって出来ているんだろう……」という謎を解明するために編集者を志したことが全ての始まりだった。
元々文字を読むことが好きで、月におよそ10冊前後の雑誌や小説を買い漁る。
大好きなクルマ雑誌をはじめ、ファッション誌や話題の小説家の書いた本やエッセイなど幅広く読んでいた。
当時はOA機器販売の営業をしていたのだが、大して面白くもなかったし、この先続けていけるかも不明。ならいっそのこと辞めてしまえと思い退職。
思い切って大阪の心斎橋にある某出版社に面接してもらい、編集者になりたいという熱意をぶつけた。
見事にそれが伝わり、就職することに成功したのだった。
まさに念願叶ったり。
どこかミーハーな気質がある自分にとって、雑誌という華やかな世界に足を踏み入れると思うと心が躍る。
TVドラマや小説などで見るようなオシャレなオフィスに働く人たち。とにかくきっと楽しいであろうこの先を考えると、どんなに辛いことでも簡単に乗り越えられると思っていた。
そう、思っていたのだった……。
現実は全く甘くなかった。
激しすぎる理想と現実のギャップ。現場は常に戦場……
編集者になりたいという熱意と勢いのみで何とか出版社に就職したものの、よくよく考えてみると、重大な事実を忘れていたことに気づく。
そういえば自分、美術や図工など何か物を作るということが、すこぶる苦手だったのだ……。
学生時代のそれらの科目の成績は、良くてもアヒル。芸術や美術に関する工作や、絵を描くなどの類は苦手中の苦手科目だった。
そんなんで一体何ができようか。
デザインのイロハも知らない人間にカッコいい雑誌なんて作れるのだろうか。
しかし、これらは杞憂で終わった。
なぜなら、そんなこと考える暇もないぐらい忙しかったのだ。
とにかく編集者としての仕事を覚えるために、可能な限りの撮影現場には顔を出した。
・カメラマンさん
・ヘアメイクさん
・モデルさん
彼らがどんな動きをしているのかを頭に叩き込む必要がある。
現場を上手く回すためには編集者が中心になって動かないといけないからだ。
とにかく現場感を掴まなければ、話にならない。
時にはカメアシ(カメラマンのアシスタント)の如く動き、時には撮影時のお茶菓子を買いに行かされたりもした。
撮影に必要な小道具の買い出しやロケハン、アポ取りなど周辺の用意や手配が大半であった。
心配事が心配事じゃなくなるぐらい、様々な難問に直面する毎日。
入社後程なくして思い知らされたことを一つ挙げるとすれば、それは、華やかだと(勝手に)思っていたこの世界の”華”の部分を感じるためには、相当な努力と苦労が伴うということだろうか。